じっくり煮込んだトマトソースのスパゲッティ。
仕事終わりに作ったトマトソースが3kgもある。
冷凍庫にパウチされたソースを見て、
いつの間にしあわせに浸っていた。
スパゲッティだけなのに、花柄のお皿に盛ると
それだけで少し特別な気分になる。
このお皿を出すたびに、食事の時間が丁寧になる気がしてしまう。
食事のあと、ノートを開く。
書き方を変えてから、今日で74日目。
最初のジャーナリングは、A4ノートに3ページ、思いつくままに書くスタイルだった。 とにかく手が疲れて、考えを書くどころではなかった。
続けていくうちに、私のノートはだんだん日記になっていた。
あったことを書く。
感じたことを書く。
それはそれで悪くなかったけれど、 効果というものが感じられない。
脳のゴミ箱だな、そう思った。
そこから、何冊かの本に書かれている方法を それぞれ試してみることにした。
やってみてわかったのは、このままじゃ意味がないということ。 でも多分、この過程が必要だったのだと思う。
「ノートを書くと夢が叶う」という言葉は、 間にある言葉、いくつかの過程が省かれている。 夢が叶うのに、ノートじゃなくても良いのかもしれない。 でもノートは、その成功率を上げるものだとはわかる。
そして「夢が叶う」というのは、 理解したあとに「そういうことか」とわかるけれど、 望んでいる最中は、見えない。気づかない。 そういうところもある。
受け身でやっていたジャーナリングが、 少しずつ、自分で考えるものに変わっていった。
転機になったのは、一冊の本との出会いだった。
「さあ、本当の自分に戻り幸せになろう 人生をシンプルに正しい軌道に戻す9つの習慣」。
この本を読み終えてから、ノートの書き方を変わった。
不快なことに時間を使うのではなく、
理想の自分に近づく行動を選ぶ。
それまでの私は、不快なことをぐるぐると考えることも多かった。
ノートに吐き出すことで楽になるという考え方もある。
でも私が辿り着いたのは、少し違う話だった。
こうありたい自分へ。
自分が心地よくなるための時間へ。
とても小さなことから、
少しずつ、トレードオフを始めていった。
74日続けると、最初はできなかったことが、 いつの間にか普通の習慣になっていた。
一番大きな変化は、 ノートを書く時間が、心地よい時間に変わっていたこと。
最初は手が痛かった。 頭の速度に手が追いつかなくて、もどかしかった。
それが今は、いくらでも書けるくらいの心地よさになっている。
すでに心地よい感覚で書き始める。
そこに辿り着くまでに、2年かかった。
次回は、ノートとの対話がどう変わったか、 そして「幸せは気づくもの」という言葉の意味が 体に入ってきた話を書こうと思う。

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