ジャーナリング104日目、記憶は発酵する

パラディッシのお皿にイチゴソーストーストとコーヒー 心とからだを整える

イチゴソースのトーストを焼いた朝のことを書こうと思う。

南部鉄器のミニフライパンで作る目玉焼きとラズベリー

栗原はるみさんの南部鉄器のミニフライパンで目玉焼きをひとつ。
もうひとつのフライパンでイチゴソースを作りながら、コーヒーを淹れた。

パラディッシのお皿にイチゴソーストーストとコーヒー

アラビアのパラディッシシリーズのお皿に盛り付けて、
お気に入りの古材のテーブルに並べると、しばらく見惚れていた。

今朝も、私はちゃんと楽しめている。


日記は若いころからずっと書いてきた。

ただ書き綴るのをやめて、自分に有益な行動につながるかどうかを軸に置くようになって104日目。
不要なことはトレードオフして、時間とエネルギーを建設的な方向へ向ける。


100日目あたりから、少しずつ変わってきた感覚があって
自分の記録が、同じように心細い誰かの役に立つかもしれない。
そう思えるようになったのは、自分のことで精一杯だった私に、
他者のことを考える余裕が生まれたことだと思う。
それが、本当に嬉しかった。


今、AIを使って、突発性難聴の発症から回復までの約520日を振り返っているところ。

発症以前、発症した日、治療中の心の変化。
治る気がしないのに治ると信じていた日々。
そして気づけばほぼ治っていたこと。

絶対に忘れないだろうと思っていた苦しみが、驚くことに今の私の中ではずいぶん薄れている。

新しい今の暮らしを楽しんでいたり、以前に比べればたいしたことのない理由で
心を痛めたりもして、自分でも驚く。

でも、つまらないことからの回復の速さも、以前とは比べものにならない。
苦しみを乗り越えた分、小さな波は小さく終わる。
それもまた、この520日が私にくれたものだと思っている。


記憶というのは、発酵するのだと思う。

時間が経つにつれて、ある記憶は私にとって有益なものへと変わっていく。
またある記憶は腐敗して、引っ張られるだけのものになる。
同じ体験でも、どちらになるかは、その人の向き合い方次第なのかもしれない。

有益な部分は、私の人生の一部としてちゃんと身にしたい。
そして不要な部分は、手放す。

健全な循環にしていきたいと、心に決めている。


今日も、イチゴのトーストは甘かった。

コメント