八朔ジャムのトーストlコーヒーが美味しいとわかった

八朔ジャムをのせたトーストと目玉焼き、ソーセージとサラダの朝ごはん。コーヒーと一緒に味わう静かな朝 わたしの味
「コーヒーが美味しいと、わかった朝」

八朔ジャムの朝ごはん|「わたしの味」

気づき始めると、
いろいろなことが「わかる」ようになりました。

私が心がけてきた丁寧な暮らしの本質について。
少し前までは、整った朝食やお料理、整った部屋。
栄養のことも学び、自分の好みも理解して、
より正しい形へ近づけていくことが丁寧さだと思っていました。

でも最近の私は、
そうした「整える」という場所から、
少し外れたところに心があるようなのです。

私の心はいつの間にか、
「ほっとする」という感情を、
いちばん大切にしたいと思っていることに気づきました。

好きなことも、やりたいことも、学びたいこともある。
けれど、ほっとにつながらないものは、
今の私には、少し重たく感じるようになりました。

50代という年齢は、
人生に限りがあることを、
静かに実感し始める時期なのかもしれません。

木のテーブルに並べた八朔。冬のやわらかな光の中で撮影した柑橘の写真
いただきものの八朔

先日、映画「平場の月」を観ました。
大人の恋愛というよりも、
人生の中で受けてきた傷や、この年齢なら身近になる病気や別れ。

薬師丸ひろ子さんの「メイン・テーマ」の歌詞、
「笑っちゃう 涙の止め方も知らない 20年も生きてきたのにね」
という一節が、何度も胸に残りました。

50年生きてきても、
涙の止め方なんて、やっぱりわからない。
大人になったら自然とわかると思っていたことも、
わからないままのものが、たくさんあります。

鍋のそばで八朔の果肉をほぐした様子。手作りジャムの下ごしらえ風景
実だけでも1kg近い重さです

若い頃は、なんでも経験することが大切でした。
けれど今は、自分にとって本当に大切なことに、
人生の時間を使いたいと思うようになりました。

数年前のある日、ただコーヒーを飲んで、
ふっ、と、何かが解けた瞬間がありました。
そのとき、私は心から幸せだと感じていました。

その感覚が、朝ごはんへの憧れにつながり、
パンを焼き、コーヒーを淹れ、器にも目が向きました。
それは、とても楽しい学びの時間でした。

八朔ジャムをのせたトーストと目玉焼き、ソーセージとサラダの朝ごはん。コーヒーと一緒に味わう静かな朝

今朝は、目玉焼きにソーセージ、色とりどりのサラダといちご。
こんがり焼いたトーストには、
昨日作った八朔ジャムをたっぷりのせました。

どんなに理想の形が整っていても、
味わう人の心が鈍くなっていたら、
その時間は、きっと通り過ぎてしまう。

コーヒーが喉を通り、
唇に触れるカップの丸みとあたたかさ。
鼻に抜ける、遠い国を想像してしまう香り。

ほっとしている私。

味わうということを、いつの間にか後回しにしていたような気がしました。

今は、その感覚を、
もう一度思い出すリハビリの途中です。

今朝のコーヒーは、
世界で一番美味しく感じられました。


今回の栗原はるみさんのレシピ

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