ジャーナリングを続けて、84日目。
バレットジャーナルという手帳術がある。
とても人気があって、専用の本も出ているし、
YouTubeで解説している人も多い。
存在を知ってしまったら、気になってしまう性分が現れて
レビューや動画をひとしきりチェックしてみた。
結論、今の私には合わない。
そう判断できて、なんとなくほっとした。
効率よく目標へ向かっていくこと、自己管理をしっかりやること。
そういう用途にはとても良さそうだと思う。
以前の私なら、確実にぴたりとハマっていた。
今の私のジャーナリングは、主に「ご自愛のため」にある。
ここに行き着くまでに、努力する系のことを追い込むくらいにやってきた気がする。
バレットジャーナルにあるルールで書き留めることは、
かつての自分の考え方にとても近くて、うっかりすると
「やってみます」
と張り切って、テキパキ書き込んでしまいそうになるくらい。
もう、そういうのはいい。
それで叶うのはわかるし、効果もあると思う。
でも、本質をちゃんと考えて設定しないと、
叶ってもしんどすぎたり、心が満たされないことがあると思ってしまう。
思いつくままの願望とは案外焦点がずれていることもあり
理解してない状態で「思いつくこと」を書いてしまうと
それが心が願ったことではなく、見栄だったり、世間的に良いと言われることの場合、
心が満たされることへの備えが薄くなっていて、
願望が叶うことと、幸福が重ならないということが生じる。
真面目な私のタイプだと、目標を立てたからやり抜くという形にハマってしまい
叶った時の幸福感を望んでいたはずなのに、日々、頑張って行動しているうちに、目標を達成することに焦点があってしまう。
目標を達成したけど、望んでいた幸福感がそこにないことに気づけない場合が多々あることにすら気づけず、本当の至福感を味わうことをしないで、ただ、次の目標をたてる。
それが、以前の私。
それにしても、少し不思議だった。
今のやり方に安心しているはずなのに、評判の良いものを知ると、
ブラッシュアップしたくなってしまう。
そういう衝動が、まだ自分の中にあったのだと気がついて
危ない気がしたり、そういうものかと思ったりした。
ただ、今の自分に合っている方法も、まだそれほど確固たるものではないと
改めて気づくきっかけにはなった。
とはいえ、難しく考えることもなく
調べていくうちに、自分に合わなければ違和感が生まれる。
今は自分にとって良い状態を理解しているから、他人の評判がそのまま自分に当てはまるとは限らないと、落ち着いて判断できた。
余計な時間を費やさずに済んだのは、判断基準ができてきたおかげだと思う。
自分で考えられるようになってきた。
それも、ジャーナリングが育ててくれたものかもしれない。
休日前の夜、久しぶりにパンを焼いた。
とても気楽に。

以前の私は、材料も手順もマニアックなくらい気にかけていた。
でも、最初にパンを作りたいと思ったときの気持ちは、もっとシンプルなものだった。
何気なくパンを焼いて、何気なく食卓に並べる。
そういう暮らしへの憧れだったはずなのに、気づけば美味しさにこだわり、見た目にこだわり、笑ってしまうくらい真剣なパン作りをしていた。
今はBetty Crockerのレシピをざっと見て、ローストしたクルミやはちみつを適当に加えながら、実験のように気軽に作っている。
美味しかったら嬉しい。
いまいちだったら、次はお砂糖を増やしてみようか、
ミルクで作ってみようか、と考える。
それくらいでちょうどいい。
美味しさ至上主義を手放したら、ずっと、しあわせを感じていた。
もう、こういうのでいい。
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