ジャーナリングが教えてくれたこと|幸せは気づくもの【完結編】

ROYAL Albertのお皿にピザトーストと温泉卵、野菜を盛った朝ごはんとコーヒー。50代の丁寧な朝の食卓。 心を満たす時間

今朝はピザトースト。
じっくり煮込んで冷凍しておいたトマトソースを使った。
ROYAL Albertの食器を使うと、それだけで朝が少し特別になる。

食事のあと、ノートを開く。
書き方を変えてから、今日で76日目。

いつもと同じ豆、いつもと同じカップ。

でも今日のコーヒーは、いつもより美味しい気がした。


ジャーナリングが変わったのは、書く内容だけじゃなかった。

最初は思いつくまま書いていた。
脳のゴミ箱のように。

それが少しずつ変わって、 なりたい自分の話になっていった。

筋トレを始めた頃と、似ている。
あの頃も、正解を探していた。
何が合っているのかわからなくて、情報に溺れていた。

でも本当に必要だったのは、正解を探すことじゃなかった。
理想の自分に近づくために、何が自分に使えるかを 自分で確認し、判断していくこと。

ジャーナルとの関係も、そういうものに変わっていった。


嫌なことをぐるぐると考えてしまう時期があった。

それさえなければうまくいくのに、という気持ち。
でも自分でコントロールできないことに執着することは、 健全ではない。

私はそういうぐるぐるのない自分になりたかった。

だから不快なことに使っていた時間を、
なりたい自分に近づくことに使うようにした。
そのデータ取りに、ジャーナルを使った。

嫌なことを考える代わりに、掃除をする。
同じ時間で、清々しい空間ができる。

丁寧に料理をする。
素敵な食事の時間が増える。

本をざっと読むのではなく、味わう。
音楽を聞き流すのではなく、酔いしれるように聴く。

そんなつもりはなくても、 小さな積み重ねが
いつの間にか 焦りやネガティブを排除する時間をなくしていった。

幸せなことをするのに、時間が必要だから。


気づいたら、2ヶ月半が過ぎていた。

部屋の空気が澄んでいること。
グリーンの美しさ。
コーヒーの美味しさ。
読書の素晴らしさ。
音楽の神聖さ。

何も変わっていない。
でも、感じ方がまるで違う。

ひとつひとつに、愛情さえ感じる。

いつもそばにあったもの。
いつもある幸せ。

それに気づけるように、やっとなれてきた。


ジャーナリングは、夢を叶える魔法じゃない。
でも、すでにそこにある幸せに気づく力を、
静かに育ててくれるものだと、今は思っている。

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