トンネルを抜けたら、一生懸命しなくていい自分になっていた

広島のホテルの窓から見える城と川と街並み。デスクとランプが静かに灯る部屋。 心とからだを整える

このブログを始めたのは、昨年の9月。

振り返れば、突発性難聴からの体調回復の記録として始まったようなところがある。

更年期も重なり、長いトンネルを抜けることができない気持ちになっていた私にとって、
このブログというのは希望を失わないためのものだったと今ならわかる気がしている。

あの頃、不安になる時間を料理に夢中になることに充てていた。
台所に立つことが、トンネルの中で灯りをともすような時間だった。

そして、いつの間にか、トンネルを抜けていたことに気づいた。


年末の職員研修で長崎へ行った。
久しぶりの遠出で不安もあった。

長崎港の眺め。緑の丘と造船所のクレーンが見える晴れた日の風景。

だけど、あの旅で、体力が戻っていることを確信した。
私はまた、遠くに行ける。
それは静かな自信になった。

そこから、少しずつ行動範囲が広がっていった。
1月、広島で手作りソーセージの料理教室。
2月、姫路で立春スパイス料理教室。
5月には、また姫路で初夏のスパイス料理教室に参加する予定。

スパイス料理教室で並ぶインド料理のプレートと小鉢。金のトレーに盛られた豊かな食卓。

旅が、行動範囲を広げてくれた。
遠出することが、特別ではなくなっていった。
安静ばかりの暮らしに動きができた。


私は村上春樹さんの作品に出てくる人物たちに、ずっと憧れてきた。

さらりと料理をして、音楽をかけて、本を読む。
そういうことに、いちいち力が入っていない。
説明しない。ただ、そこにある。

それを目指して、私はずっと一生懸命だった。
でも最近、少し戸惑っている。

気づいたら、一生懸命しなくても、そういうことができている自分がいたから。

楽器の練習が、いつの間にか演奏になっている。
そういう感覚に近いかもしれない。

これからどう表現していくのか、まだわからないのだけど
情熱を情熱的に表現することは、私のフェーズではない気がしている。
でも、心地よさを、心地よく書いていきたいとは思うようになった。
このブログの変化を温かく見守っていただけると嬉しい。

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