今朝は、20分ちかく朝ごはんの時間を味わった。
特に急いで準備したわけでもない。
いつも通りの出勤前の朝だったのだけど、
テーブルにきちんとついて、
美しい緑に変わっていく山の景色を見ながら
静かに熱いコーヒーを飲んでいた。
パンは前夜焼いたカンパーニュ。
何度も何度も研究した日々もあったけれど、
昨日の夜はホームベーカリーの捏ね機能を使った。
胡桃とかぼちゃの種をローストして刻んだものと、
お菓子作りで残っていたラムレーズンを入れて、ル・クルーゼの鍋に入れて焼く。
自分でも驚くほど、暮らしの中で自然にパンを焼いていた。
スライスしたパンを三菱のブレッドオーブンに入れると、極上の焼き上がり。
オーラを纏ったように湯気に包まれていた。
あつあつのカンパーニュにバターをのせて、少しだけ待つ。
とけかけたところでほおばる。
ポタージュスープをひとくち。
熱いけれど、ポテトとミルクの香りが心を溶かす。
冷たい苺をつまむ。
コーヒーを飲む。
しあわせに、満ちていた。
食べ終わったあとで、ふと気づく。
こんな朝にしたかった、と思い続けていたら、叶っていた。
そして、叶っていることに慣れて、最近は忘れていた。
何度でも味わっていいはずなのに、願いが叶ったら感謝を忘れてしまう。
それは少し、もったいないことだと思った。
私の運命を見守ってくださる何かの存在はあると思う。
そんな存在に、ちゃんと「ありがとう」を伝えられていただろうか。
今朝のような時間が過ごせると、あらためて感謝したくなる。
朝のルーティンが、少しずつ形になってきたのはここ数ヶ月のこと。
他の人から見たら、リナさんの暮らしに変化はないように思われるかもしれないのだけど、
心地よさがまったく違う、伝わりにくい部分だけど。
目が覚めたらカノンを聴き、白湯を用意して、ジャーナリングをする。
洗顔をして、玄関と廊下を水拭きする。
簡単な今のルーティン。
でも、毎日少しずつ積み重ねてきたことで、朝の空気が変わったと感じる。
日々使うものも、気遣っている。
器は憧れだったパラディッシのプレートとボウル。
コーヒーカップ&ソーサーも同じシリーズでそろえている。
白と黒の植物柄が、テーブルに並ぶだけで少しだけ特別感が出る。
この食器も私の夢の1つだった。
お湯は、エペイオスのケトルで90度にキープしている。
温度を保ってくれるだけで、コーヒーにお湯を注ぐことに集中できる。
そして、やっぱり、温度管理ができるとおいしく仕上がる。
夢は自分で掴むものだと思っていた。
若い頃は、苦労をしてでも掴み取ってきた。
でも50代の今は、少し違う。
掃除をして、ノートに記録をしていくこと。
それが私には浄化になっている。
誰かにおすすめしたいというより、これは今の私の、心と体の整え方なのだと思う。
そうやって積み重ねてきた日々の先に、気づいたら夢のような朝が日常になっていた。
そんな風に思い描いていた「いつかの朝」は、
もしかしたらあなたの今日の中に、もうあるかもしれませんね。

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